浅析和制汉语对近代中国词汇的影响-以鲁迅作品为例[日语论文]
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文章字数: | 10959 字 (由Word统计) | 文章格式: | Doc.docx (Word) | 更新时间: | 2019-01-24 |
近代中国の語彙に対する和製漢語の影響―魯迅の作品を例に[日语论文]
摘要:日本历来推崇汉学,但明治维新以后,将学习对象由中国转向了西方。为翻译、引入各种西方的新事物、新概念,日本人创造了大量的和制汉语。1895年中国在甲午战争中战败,让国人不得不重新审视日本的实力。所谓“师夷长技以制夷”,从1896年到1937年七七事变为止,中国陆续向日本派遣留学生,通过日本学习西方的先进文化和技术。和制汉语也就随着大量的翻译著作、报刊、杂志等进入中国。鲁迅作为留学大军中的一员,深受和制汉语的影响。他不仅引用还创造了不少新词,为白话文运动的兴起提供了条件。和制汉语对近代中国社会形成了不小的冲击。
关键词:鲁迅;留学生;和制汉语;近代中国;词汇;影响
要旨:日本はかねてから漢学を尊重していた。しかし、明治維新以後、彼らは学びの対象を中国から欧米の先進国に転向するようになった。先進的な概念や物事などを翻訳して取り入れようとした日本人は数多くの和製漢語を作り出した。1895年に中国は日清戦争に敗戦し、日本の実力を改めて見直さなければならなかった。「敵のやり方を学んで敵を制す」と述べた通り、1896年から1937年の盧溝橋事件まで、中国は続々と日本に留学生を派遣し、日本を通じて先進的な文化や技術を学んでいた。和製漢語も大量の翻訳や、新聞、雑誌などとともに中国に伝わってきた。魯迅は留学生の一員として、日本語の影響を深く受けた。和製漢語を愛用したうえに、彼らしい新語を沢山作って、白話文運動の発展を促進した。和製漢語の輸入は語彙や文法にだけでなく、近代中国社会にも大きな衝撃を与えたのである。