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译文:日本人和温泉不可分割的关系
日本最古老的温泉是位于纪伊半岛熊野三山内地的有1800年历史的被称为“汤之峰温泉”的温泉。
日本人和温泉之间的缘分很早就开始了,以说是自从有了历史就有了缘分吧。
有“温泉文化”这一说法,这是理所当然的。但是,很自然地涌出的温泉——这并不是所谓的温泉文化的真正含义,而是在这文化之中,正是和人的各种各样的形态有关的这个原因,才出现了这种文化。
人们参与到温泉之中的形态,是从单单的浸泡在温泉中开始的,并且在泡浸与温泉中治病。在这之中,也有与宗教仪式有关的方式存在吧。如果翻阅有关温泉的历史书的话,很多温泉是由僧侣和行者发现的,所以这点可以推测出来。
随着时间的推移,不久之后在这里出现了客人专用的用于温泉疗养的宿处。如果这种宿处被若干个这样建造并且排成排的话,就会形成温泉街,出现了产业形态的萌芽,可以说是一种温泉产业。这些都可以说是一种带有文化性质的经营。
可以说把日本的温泉文化最正确地传递至今的就是石川县甲贺温泉乡了。承担其中一部分任务的就是粟津温泉了。
这个温泉的历史非常古老,距今1300年前左右的奈良时代,公元718年的时候,据说是因为泰澄大师的一个梦的神谕而发现的。在那之后,大师让身为其弟子的雅亮法师建造了一间宿处,任命雅亮为这个温泉的守护者。雅亮法师就是第一代守护者,至今有连续四十六代了。吉尼斯记录所公认的,时间上最古老的有名的旅馆——“法师”就是这个了。
这个在大约1300年前被建造起来的宿处也已经很厉害了,但是,最厉害的是,这处宿处经营了1300年,在这段时间内竟然没有停止过。凭借这一事实,对其他的事情就具有压倒性的优势了。
日本人是多么喜欢温泉疗养,多么重视温泉文化,这是不得不进行推察的。而且,只要日本人不忘记身世,这个习惯在今后也不会失去。即使是这样断言也不为过吧。之所以会这样,是因为温泉文化是日本人的身世来历。关于这点,在之后的叙述中就能明白。
像这样温泉产业从悠久,远方的历史开始持续到现在的国家,除了日本再也发现不了了。还有虽然不是经过详细的调查所得出的结果,但像这样拥有悠久历史产业的,其他的不是只有味哙酱油和酒这类发酵酿造业了吗。
进一步说,在泡沫经济破灭后的二十世纪九十年代,几乎所有的产业都处于被产业构造不景气这种狂风所吹袭之中,销售情况没有那样跌落的就是温泉产业了,可以说是唯一幸存的。
话虽如此,但确实也有一部分的温泉也到了面对倒闭危险的程度。那种理由也在之后进行阐述,但一言以蔽之,相当于没有重视温泉的温泉地。
蔑视那些处于危机状况的温泉地,那些重视个人的温泉地即使处于平成年间那种不景气的情况下,也出现了营业额上升的情况。
那个理由,就存在在我们自身的DNA之中。
寻找真正的温泉
日本最古老的温泉旅馆——“法师”在经过四十六代孜孜不倦的经营,长时间的存活下来,在这个背景中,可以认为日本人与温泉有着非同寻常的,深切的关系。
这个应该是和日本人喜好用温泉疗养这一点表里如一吧。
为了用温泉疗养心,而去泡温泉。温泉会凭借自己的力量,给予人治疗的效果。温泉本来的样子就只是这样的。
所以,我们和温泉产业者之间,成立了一种默然的契约,就是“温泉是有效力的”这一共有的意识。我认为,这种信息被日本人所加印进去,因为DNA的缘故,被长时间的传达了下来。
我们深信,“温泉是个好东西”。并且深信“因为日本是一个火山国,所以到处都有温泉”。认为就像水与空气一样,无论什么时候想去温泉,就能去泡温泉。
但是,这种默然的契约,正在变成一种幻想。
温泉是地球的呼吸,这种说法在以前就被书写过。换言之,温泉是从自然处得到的带有礼物性质的创造物。
如果这种自然被破坏的话会变得怎么样呢。
而且,我们不仅仅一个劲地轻率对待温泉,如果甚至到了改变了温泉水质而利用温泉,那么温泉文化到底会变成什么样子呢。
现在,置身于危机之中的不仅仅是因为长期不景气而感叹经营状况的温泉产业人,还有温泉自身。
现在,“温泉力”这正急速的消失。
温泉是反映时代的一面镜子。
对时代变化很敏感的现今的年轻的人,正在认识失去了的温泉其本身的价值,以及正在再次发现温泉疗养这种原有的情景。
对于把洗洞爷湖温泉作为新生婴儿第一次洗澡而长大的我来说,那里的温泉是与我非常投缘的。对我来说,洞爷湖温泉是非常具有温泉力的。虽然这么说,但和我非常有缘的温泉不只是只有这么一个地方。真正的温泉,除此之外还有很多。像文章开头写的那样,温泉也有各种各样的个性。所以我在平时,一边用温泉疗养,一边享受着那种温泉的个性。
那么,所谓的真正的温泉到底是什么呢。为了了解真正的温泉力,让我们一边穿越时空,游历日本各地的温泉,一边考虑吧。
原文:「日本人と温泉の断ち切れない仲」
日本最古の温泉は、紀伊半島熊野三山の奥地で約一八〇〇年前に開湯された「湯の峰温泉」で あると言われている。
日本人と温泉の付き合いは極めて古い。有史以前からの付き合いだと言ってょいだろう。 、温泉文化という言葉がある。当たり前のことだが、自然に湧出するお湯そのものが文化という 意味ではなく、そこに人がさまざまな形で関わつてきたからこそ文化が生まれたわけである。
人間が温泉に関与する形は、単に湯につかることから始まり、湯治に至る。その間には宗教儀式的な関わり方もあったろう。、温泉の歴史書を調べると、多くの温泉が僧侶や行者に発見されているとあるから、そのことが推察できる。
時は下り、やがてそこに湯治客用の宿が現れる。宿がいくつか建ち並べば温泉街が形成され、 温泉業と言ってもいい産業形態が芽生ぇる。これらすベて文化的な営みと言っていい。
日本の温泉文化を最も正しく今に伝えていると言つていいのが石川県加賀温泉郷。その一翼を担っているのが粟津温泉である。
その歴史は古く、今から一三〇〇年ほど前の奈良時代、西暦七一八年に泰澄大師が夢のお告げによって発見したと言われている。その後、大師は弟子の雅亮法師に一軒の宿を建てさせ、その雅亮を「湯守」とした。この雅亮法師を一代目とし、今日まで四六代も続く宿がある。『ギネスブック』公認、世界最古の名門旅館「法師」がそれである。
約一三〇〇年前に建てられたとぃぅ宿の歴史もすごぃが、何より宿の経営が一三〇〇年ものあいだ絶ぇていないといぅ事実には圧倒される。
いかに日本人が湯治を好み、、温泉文化を大切にしてきたかが察せられるといぅものだ。しかも日本人がアイデンティティを忘れない限り、今後もこの習慣は失われないと断言していいだろぅ。なぜなら、温泉文化は日本人のアイデンティティそのものだからである。.このことは、後述で明らかになろう。
このよぅに、温泉産業が悠久の歴史の彼方から続いてきたといぅ国は、日本をおいてほかに見当たらない。また、詳しく調べたわけではないが、このよぅに長い歴史のある産業はほかに味噌醤油や酒などの発酵醸造業ぐらいしかないのではなかろぅか。
さらに、バブル崩壊後の一九九〇年代、ほとんどの産業に構造不況の烈風が吹きまくった中で、唯一と言っていいほど売り上げでさほど落ち込まなかったのが、温泉業界なのである。
もつとも、一部の温泉が倒産の危機に直面したことは確かである。その理由はこれも後で述べることになるが、一言で「温泉を大切にしなかつた温泉地」がそれにあたる。
危機的な状況にある温泉地を尻目に、個人客を大切にする温泉地は平成大不況下にあってもなお売り上げを伸ばしてきたのだ。
その理由は、私たち自身のDNAの中にある。
「本物の温泉を求めて」
日本最古の温泉旅館「法師」が四六代にもわたって営々と生き延びてきた背景には、日本人と温泉のただならない深い関係があるように思える。
それは、日本人が湯治を好んできたことと表裏一体であろう。
心の湯浴みをするために、温泉に入る。温泉はその自らの力で、癒しの効果を人に与える。温泉本来の姿とはこういうもの「だった」。
だから私たちと温泉業者のあいだには、黙示の契約が成立していたのである。「温泉は効力がある」という共有の意識である。そんな情報が日本人には刷り込まれ、DNAによつて長いあいだ伝達されてきたと私は考えている。
私たちは、「溫泉はいいものだ」と思い込んでいる。そして、「日本は火山国だから、そこかしこに温泉はある」と信じ込まされている。まるで水や空気のように、いつでも温泉は"手に入る"ものだと考えている。
しかし、この黙示の契約は幻想になりつつある。
温泉は地球の息吹だと、先に書いた。言い方を換えると、温泉は自然からプレゼントされた創造物である。
その自然が破壊されたらどうなるか?
さらに、私たちが温泉を無造作に扱うばかりか、泉質を変えてまで利用したら、、温泉文化は一体どうなってしまうのだろうか? 今、危機にさらされているのは、長期不況で経営状態を嘆く温泉業者ではなく、温泉そのものなのである。
今、「温泉力」が急速に失われつつあるのだ。
温泉は時代を映す鏡である。 ”
時代の変化に敏い昨今の若い世代が、失われゆくお湯そのものの価値を認め、湯治という湯浴みの原風景を再発見しつつある。
洞爺湖温泉を産湯代わりとして育った私にとって、そのお湯は格別相性のいいもので.ある。私にとって、洞爺湖温泉はすこぶる温泉力のある温泉なのである。とは言え、私と相性のいい温泉.は何もこの一カ所とは限らないのだ。本物の温泉は、ほかにもまだまだたくさんある。冒頭に書いたように、温泉にもいろいろな個性がある。その個性を私は日頃湯浴みしながら楽しんでいる わけである。
それでは、本物の温泉とはー体何か?真の温泉力を知るため、時空を飛び越え日本各地の温泉を経巡りながら考えてみよう。